アメリカクラシック三冠のひとつ

ケンタッキーダービーとはどんなレース?

 

ケンタッキーダービーはアメリカクラシック三冠(ほかには「ベルモントステークス」と「ブリークネスステークス」)の第1冠として、ケンタッキー州ルイビルのチャーチルダウンズ競馬場で開催されるレースです。アメリカ競馬の3歳牡馬の最高峰のイベントとされ、アメリカ国内ではテレビ中継で高視聴率を獲得するなど、スポーツイベントとしても知名度が高いです。
ケンタッキーダービーは2週間かけて「ケンタッキーダービー・フェスティバル」がルイビルで催されています。観戦の伝統として、出走馬の本馬場入場時にミント・ジュレップ(バーボンのカクテル)を飲み、ルイビル大学のマーチングバンドの演奏で『My Old Kentucky Home』を観客全員で歌います。まさにお祭りですね。
ケンタッキーダービーは毎年5月最初の土曜日に行われ、その前日には、3歳牝馬の最高峰「ケンタッキーオークス」も開催されています。レースはダート10ハロン(約2012m)で、出走条件は3歳限定。ただ英国ダービーと違ってせん馬(去勢された牡馬)の出走も可能です。2013年からロード・トゥ・ザ・ケンタッキーダービーと呼ばれるポイント制が導入され、指定されたほかのレースで獲得したポイント上位順に出走権が与えられることになりました。

 

 

ケンタッキーダービーの歴史と日本が関係すること

 

ケンタッキーダービーは1875年に創設されました。当時は英国のダービーステークスを模範としていたので約2414mで行われていましたが、1896年に現在の距離に改定されています。アメリカは戦争や賭博に対する禁止措置などが頻繁で、開催中止に追い込まれたレースも数知れません。そんな中、ケンタッキーダービーは今まで一度たりとも開催中止のない珍しいレースです。
そんなケンタッキーダービーへの日本馬の参戦ですが、これまで目立った成績はありません。第121回にあたる1995年大会で武豊騎手が駆るスキーキャプテンが14着に着きました。それ以外で日本が関係するところでは、2000年大会にて、アメリカ産馬ですが日本人、関口房朗氏が馬主のフサイチペガサスが、日本人馬主として初優勝を飾っています。これはケンタッキーダービーにある「1番人気馬が勝てない」というジンクスを21年ぶりに破る記録でもあります。
日本勢があまりパッとしませんが、ケンタッキーダービーも非常に興味深いレースです。